وَلَا تَكُونُوا كَالَّذِينَ نَسُوا اللَّهَ فَأَنسَاهُمْ أَنفُسَهُمْ ۚ أُولَٰئِكَ هُمُ الْفَاسِقُونَ (19)صدق الله العظيم

( يَا غُلَامُ إِنِّي أُعَلِّمُكَ كَلِمَاتٍ احْفَظْ اللَّهَ يَحْفَظْكَ احْفَظْ اللَّهَ تَجِدْهُ تُجَاهَكَ إِذَا سَأَلْتَ فَاسْأَلْ اللَّهَ وَإِذَا اسْتَعَنْتَ فَاسْتَعِنْ بِاللَّهِ وَاعْلَمْ أَنَّ الْأُمَّةَ لَوْ اجْتَمَعَتْ عَلَى أَنْ يَنْفَعُوكَ بِشَيْءٍ لَمْ يَنْفَعُوكَ إِلَّا بِشَيْءٍ قَدْ كَتَبَهُ اللَّهُ لَكَ وَلَوْ اجْتَمَعُوا عَلَى أَنْ يَضُرُّوكَ بِشَيْءٍ لَمْ يَضُرُّوكَ إِلَّا بِشَيْءٍ قَدْ كَتَبَهُ اللَّهُ عَلَيْكَ رُفِعَتْ الْأَقْلَامُ وَجَفَّتْ الصُّحُفُ))
[رواه الترمذي وقال: حديث حسن صحيح]

尊敬すべき兄弟、姉妹の皆様!
私たちの預言者(彼の上に祝福と平安あれ)が、ご自身のいとこアブドゥッラーと旅に出ておられた時のことです。その旅の途中で、彼はこう述べられました。「愛するわが子よ、あなたに忠告しておこう。この忠告を、決して忘れてはならない。」それから、彼はこの年若い教友に、主との絆(きずな)を決して断ち切ってはならないということを伝えたのです。「アッラーを思いなさい、そうすればかれはあなたをお守りくださるだろう。アッラーを思いなさい、そうすればあなたは目の前にアッラーを見出すだろう。何かを願うときは、アッラーに願いなさい。助けを求めるときは、アッラーに求めなさい。すべての被造物が一
緒に集まり、あなたに良いことをもたらそうとしても、アッラーが記したもの以外は、何ひとつ得られないだろうことを知りなさい。また、それらがあなたに害をもたらそうとしても、アッラーが記したもの以外は、何ひとつあなたを害せないだろうことを知りなさい。」
尊敬すべき信仰者の皆様!
私たちはみな、人間であります。時には忙しさにかまけて、隣人や家族、友人のことを忘れてしまいます。時には親戚や兄弟、親を失った孤児たちや、困窮(こんきゅう)している人たちのことを忘れてしまうこともあります。時には自分自身のことや、私たちの社会、そして私たちの責任について忘れてしまうこともあります。ですがそれらのすべてよりも、人間として最も悪しきこととは、自らが創造された目的と理由を忘れてしまうことであります。本当の敗北とは、自らの主を忘れて人生を送ることであります。アッラーに仕えるという自らの誓い、自らの契約を軽んじる(かろんじる)ということであります。それは、現世は永遠には続かないということを忘れ、清算と審判、来世を無視するということであります。ですから私たちの主は、そうした主を忘れる者とならないよう、私たちにこう警告しておられます。「ワ ラー タクーヌー カッラズィーナ ナスルッラーハ ファアンサフム アンフサフム」、すなわち「あなたがたは、アッラーを忘れた者のようであってはならない。」また、「ウラーイカ フム ル ファースィクーン」、すなわち「かれは、かれら自身の魂を忘れさせたのである。」

金曜日のお祈り・ホトバ 「「アッラーを忘れる者はアッラーに忘れられる」」
金曜日のお祈り・ホトバ 「「アッラーを忘れる者はアッラーに忘れられる」」

私たちの主は、クルアーンを授け、私たちに義務と責任を教えたまいました。それは私たちに、忘れてはならないことを思い出させる書物であります。それはランプのともしびであり、私たちの道を照らす導きであります。この書物をしっかりと抱え(かかえ)、私たちの心と意識、私たちの人生を、この書物に明け渡しましょう。
私たちの主は、「本当にあなたは一人の訓戒者(くんかいしゃ)に外(ほか)ならない」と告げ、信仰者に対して真実の道を示し、主について思い起こさせるよう、最も美しい人格を持つ預言者を遣わし(つかわし)たまいました。彼のスンナに沿って人生を歩みましょう。彼の模範から逸れる(それる)ことなく、慈悲のメッセージによって、私たちの人生に祝福をもたらしましょう。
私たちの礼拝、犠牲、喜捨(きしゃ)、断食といった崇拝の行為が定められているのも、常に私たちが、主を忘れないようにするためであります。私たちは崇拝の行為を通じてより主に近づき、それにより主の御目(おんめ)により誉れ高い(ほまれたかい)者として映るようになるのだということを、忘れないようにしましょう。
親愛なる兄弟、姉妹の皆様!
アッラーを忘れて自らの人生を送る人は、現世においても来世においてもアッラーから忘れられてしまう人となります。現世においてアッラーへの感謝を忘れた人は、大いなる(審判の)日、アッラーの慈悲を取り上げられることでしょう。アッラーの慈悲の他には避難する場所もない復活の日、現世の虜(とりこ)となっていた人々は、次の言葉を耳にすることとなるでしょう。
「今日われは、あなたがたを忘れるであろう。あなたがたが、この日の対面を忘れたように。あなたがたの住まいは業火(ごうか)である。あなたがたには、(もはや)助ける者はないのである。」
兄弟、姉妹の皆様!
この束の間(つかのま)の人生を、アッラーのご意志に従って生きることが私たちの義務であるということを忘れないようにしましょう。その大いなる(審判の)日のために備えることが、私たちの存在の目的であるということを心に留めておくようにしましょう。礼拝をおろそかにすることのないようにしましょう。礼拝とは、主のみ恵み(めぐみ)に対する感謝の表れだからです。アッラーは、絶えず私たちをご覧になっておられ、私たちのあらゆる行い(おこない)を知り、私たちが口にするあらゆる言葉を聞いておられるのだということを、常に意識して過ごしま。