بِسْمِ اللَّهِ الرَّحْمَـنِ الرَّحِيمِ

{أَرَأَيْتَ الَّذِي يُكَذِّبُ بِالدِّينِ (1) فَذَلِكَ الَّذِي يَدُعُّ الْيَتِيمَ (2) وَلَا يَحُضُّ عَلَى طَعَامِ الْمِسْكِينِ (3) فَوَيْلٌ لِلْمُصَلِّينَ (4) الَّذِينَ هُمْ عَنْ صَلَاتِهِمْ سَاهُونَ (5) الَّذِينَ هُمْ يُرَاءُونَ (6) وَيَمْنَعُونَ الْمَاعُونَ (7)}

兄弟、姉妹の皆様にとり祝福に満ちた金曜でありますように。
本日のホトバでは、あるひとつの悪事についてお話ししたいと思います。それは、私たちがこれまでに行ってきたすべての善行をなぎ払い、取り去ってしまう悪事です。その悪事とは、偽善であります。これは美しいものすべてを破壊し、あらゆる善行を打ち消してしまう、不誠実の典型であります。偽善とは、人間関係やお互いの信頼を損ね、その人に対する信頼を失わせる一種の病 (やまい) であります。私たちの預言者(彼の上に祝福と平安あれ)は、サハーバ (教友) たちとの会話の中で、偽善について次のように指摘しておられます。「あなた方について私が最も恐れるのは、小さなシルク (偶像崇拝) です」と、神のみ使いは仰られました。そこで彼らはこう尋ねました、「神のみ使いよ、小さなシルクとは何でしょうか?」。
すると私たちの預言者はこうお答えになられました。「偽善とは、小さなシルクにあたります。審判の日、神は万人にその行ないに報いたまい、それから偽善者にはこう告げたもうでしょう。『現世において、偽善を働いた者のところへ行け! 見よ! 彼らのそばに報奨や善行があるだろうか?』」。

Friday prayer khutba jumua (不誠実さの縮図偽善について)
Friday prayer khutba jumua 「不誠実さの縮図偽善について」

尊敬すべき信仰者の皆様! イスラームという確たる宗教の真髄 (しんずい)とは、正直さと誠実にあります。これこそが信仰と崇拝、また万有の主である唯一の神に対してのみの服従を形づくるのです。それは私たちの言葉や行為において、ただ神の恩恵のみを求めるということを意味します。それは私たちが、「自分のあるがままを見せるか、あるいは見せているがままの自分となる」ことであります。
兄弟、姉妹の皆様! もしも私たちが偽善を働いたならば、私たちのミゥラージュである礼拝も、私たちを悪から守ることはできな くなります。このような類い (たぐい) の礼拝はファワイルッリル ムサッリーン、「災いなるかな、礼拝す る者でありながら、」アッラズィーナ フム アン サラーティヒム サフーン、「自分の礼拝を忽せ (ゆるがせ) にする者」と、クルアーンのアーヤ (章句)において指摘されている通りの礼拝であります。このような 類い (たぐい) の礼拝をする者はアッラズィーナ フム ユラーウーン、「人に見られるための礼拝をする」者 であります。         尊敬すべき信仰者の皆様! 私たちの断食も、それを偽善のために無駄にしてしまうようでは、私たちを悪から守ることはできません。もしも家畜を、偽善をもって犠牲に捧げるようでは、それは私たちを神に近づけることにはならないでしょう。もしも私たちのサダカが、ザカートが、善行が、偽善によって汚れていたとしたら、神に対する服従を示すことはできないでしょう。私たちの預言者 (彼の上に祝福と平安あれ) は、偽善で汚れた行為は、審判の日に大いなる悲嘆をもたらすだろうと仰っています。もしもザカートを支払うときに、「皆は私を寛大だと思うだろう」などと考える人がいたならば、彼の財産は彼自身を燃やす業火となるでしょう。もしも知識を蓄えることにより、「皆は私を賢いと思うだろう」などと考える人がいたならば、彼の知識は彼自身を苛む (さいなむ) 苦悩となるでしょう。そればかりか、もしもシャヒード (殉教者) が「皆は私を英雄だと思うだろう」などと考えてシャヒード (殉教者) になろうとする人がいたならば、そのような殉教は受け入れられることはありません。なぜなら自らの望みを、まったくの虚栄心と引き換えにし、神に与えられている恩寵を捨て去る人の行為は神によるいかなる価値も持たらされないからであります。 兄弟、姉妹の皆様! 見た目と虚栄心ばかりが、日々、この世界を支配しています。人類は急速に、誠実さから離れていきます。今日(こんにち)、自分を大きく見せようとする自惚れ(うぬぼれ)と偽善は、私たちの意識と精神を傷つけ、私たちの信仰と行為を脅かし (おびやかし)、人間関係や友情を害する最も大きな危険のひとつとなっています。私たちが信仰者として、現世において正直さ、誠実さの試練を課されているとき、私たちの義務とは、裏表 (うらおもて) の顔を持つことなく虚栄心と利己主義を遠ざけることであります。私たちの義務とは神の恩恵を求め、私たちのあらゆる言葉や行為において、主の幸福を目指すことであります。私たちの高い価値と誠実な感情を悪用しようとする偽善者たちには注意する必要があります。私たちを欺 (あざむ) き、不和や煽動、分裂の種を蒔こう(まこう) とする者に、決してそのような機会を与えないようにしなくてはなりません。  尊敬すべき信仰者の皆様! 私たちの愛する預言者 (彼の上に祝福と平安あれ) の祈りをもって、本日のホトバを終わります。「神よ、栄光と尊崇の所有者、万有の主よ!私たちを、現世においても来世においても、あらゆる瞬間においてあなたに誠実な者としてください!」