قَدْ أَفْلَحَ الْمُؤْمِنُونَ (1) الَّذِينَ هُمْ فِي صَلَاتِهِمْ خَاشِعُونَ (2) وَالَّذِينَ هُمْ عَنِ اللَّغْوِ مُعْرِضُونَ (3) وَالَّذِينَ هُمْ لِلزَّكَاةِ فَاعِلُونَ (4) وَالَّذِينَ هُمْ لِفُرُوجِهِمْ حَافِظُونَ (5) إِلَّا عَلَىٰ أَزْوَاجِهِمْ أَوْ مَا مَلَكَتْ أَيْمَانُهُمْ فَإِنَّهُمْ غَيْرُ مَلُومِينَ (6) فَمَنِ ابْتَغَىٰ وَرَاءَ ذَٰلِكَ فَأُولَٰئِكَ هُمُ الْعَادُونَ (7) وَالَّذِينَ هُمْ لِأَمَانَاتِهِمْ وَعَهْدِهِمْ رَاعُونَ (8) وَالَّذِينَ هُمْ عَلَىٰ صَلَوَاتِهِمْ يُحَافِظُونَ (9) أُولَٰئِكَ هُمُ الْوَارِثُونَ (10) الَّذِينَ يَرِثُونَ الْفِرْدَوْسَ هُمْ فِيهَا خَالِدُونَ (11) وَلَقَدْ خَلَقْنَا الْإِنسَانَ مِن سُلَالَةٍ مِّن طِينٍ (12) ثُمَّ جَعَلْنَاهُ نُطْفَةً فِي قَرَارٍ مَّكِينٍ (13) ثُمَّ خَلَقْنَا النُّطْفَةَ عَلَقَةً فَخَلَقْنَا الْعَلَقَةَ مُضْغَةً فَخَلَقْنَا الْمُضْغَةَ عِظَامًا فَكَسَوْنَا الْعِظَامَ لَحْمًا ثُمَّ أَنشَأْنَاهُ خَلْقًا آخَرَ ۚ فَتَبَارَكَ اللَّهُ أَحْسَنُ الْخَالِقِينَ (14) ثُمَّ إِنَّكُم بَعْدَ ذَٰلِكَ لَمَيِّتُونَ (15) ثُمَّ إِنَّكُمْ يَوْمَ الْقِيَامَةِ تُبْعَثُونَ (16) وَلَقَدْ خَلَقْنَا فَوْقَكُمْ سَبْعَ طَرَائِقَ وَمَا كُنَّا عَنِ الْخَلْقِ غَافِلِينَ (17)

兄弟、姉妹の皆様!全能の主は以下の通り命じておられます。「信者たちは、確かに勝利を勝ちとる。かれらは、礼拝に敬虔であり、虚しい(凡ての)ことを避け、施し(ザカート)のために励み、……」 (信者たち章1-4節)
預言者 (彼の上に平安あれ)は、イエメンの統治者としてサハーバ(教友)のおひとりであるムアーズ・イブン・ジャバルを指名なさった後で、彼とその仲間たちをお呼びになりました。それから、こう助言なさいました。「ものごとは簡単にしなさい。難しくしてはならない。彼らに良い知らせをもたらし、それが憎まれることのないようにしなさい!」。それからムアーズの方を見て、こう言われました。「あなたは、まだムスリムではない人々の土地へ行くのです。神の他に、崇拝されるべきものは何ひとつ存在しないと証言するよう、また私が、神の使徒であることを人々に伝えなさい。それで彼らが従うようなら、神は一日に五回、昼夜の礼拝を命じておられることを伝えなさい。それで彼らが従うようなら、神は富める者から貧しい者へ、財産の中からザカート(喜捨)を支払うよう命じておられることを伝えなさい。……」。

ザカート 喜捨 インファーク 寄付

ザカート 喜捨 インファーク 寄付
金曜日のお祈り: ザカート 喜捨 インファーク 寄付

兄弟、姉妹の皆様! ザカート(喜捨)とは、財産を減らしたり、費やしたりするものではなく、むしろ増やすものであります。一人ひとりの個人を貪欲の病(やまい)から守り、寛大さという美徳を与えてくれます。持たざる者の権利を回復し、魂と富を悪徳から浄めてくれます。持てる者と持たざる者の間に、愛と尊敬、連帯の橋をかけてくれるのです。
親愛なる兄弟、姉妹の皆様!聖なるクルアーンにおいては、ザカート(喜捨)は格別に重要視されています。ザカート(喜捨)を与える者、神の道のために自らの財産を使う者は「幸運な信仰者」として褒めたたえられ、永遠の楽園の祝福を授かるだろうと告げられています。ザカート(喜捨)をおろそかにし、貧しい者の世話もせず、自らの財産の奴隷となる人々には、厳しい警告がなされています。以下の章句は、そうした私たちの主からの警告のひとつであります。「あなたがた信仰する者たちよ、律法学者や修道士の多くは偽って人びとの財産を貪り、(かれらを)アッラーの道から妨げている。また金や銀を蓄えて、それをアッラーの道のために施さない者もいる。かれらに痛ましい懲罰を告げてやれ。その日、それら(の金銀)は地獄の火で熱せられて、かれらの額やわき腹や背に、焼印が押されるであろう。『これはあなたがたが自分の魂のために,蓄積したものである。だからあなたがたが蓄積したものを味わえ』」
兄弟、姉妹の皆様!お優しき預言者は、そのハディースにおいて私たちに警告しておられます。「(地獄の)業火からあなたがたの身を守りなさい、たとえなつめやしの実の半分だけであってでも(、慈善となりうるのだから)」。その中で彼は、もう何世紀も以前から、ザカート(喜捨)、インファーク(寄付)、サダカ(慈善)について、また他人を助けることや、無私無欲であることについて、私たちに教えを授けて下さっているのです。しかし残念なことに私たちが生きているこの世界では、自然の資源が無造作に消費され、経済的な資源の分配も公正にはなされず、また貧富の格差は恐るべきものとなっています。世界のある地域で人々が飢餓と戦っている間にも、その他の地域では莫大な量の消費と廃棄がなされています。私たちの生きてきた時代が、戦争と侵略、数百万の貧困者、家を失った人々や親を失った孤児たちを生み出しました。この場合ザカート(喜捨)とは、この孤児たち、貧しい人たちを守ることを意味します。
兄弟、姉妹の皆様!さあ、始めましょう。祝福されたこの月、私たちの心を、私たちの両手を、私たちの扉を、孤児たちのために、家を失った人々のためにいっせいに開きましょう。私たちの身近なところでも、また遠く離れていようとも、彼らが自分たちのことを、見捨てられた存在と感じることのないようにしましょう。時を無駄にすることなく、私たちの支払うべきザカート(喜捨)とフィトルを支払いましょう。これを、他者を助け、他者と分かち合うための原則としましょう。私たちは誰かを害したり、傷つけたりすることはしません。そのことを確認するためにも、ザカート(喜捨)やフィトルを差し出し、インファークを実践しましょう。さあ、心を喜ばせ、好意を勝ちとるために、あらゆる好機を活用しましょう!さあ、地上における私たちの財産を、永遠の富に変えましょう。