وَأَطِيعُواْ اللّهَ وَرَسُولَهُ وَلاَ تَنَازَعُواْ فَتَفْشَلُواْ وَتَذْهَبَ رِيحُكُمْ وَاصْبِرُواْ إِنَّ اللّهَ مَعَ الصَّابِرِينَ ﴿٤٦﴾

尊敬すべき信仰者の皆様!

私たちは、ヒジュラ暦1438年のムハッラム月を迎えています。このムハッラムという月は、尽きることのない祝福と叡智に満ちており、私たちの預言者(彼の上に平安あれ)は、これを「美徳の月」と呼んでおられました。そして悲しむべきカルバラーの事変が起きたのもこの月であります。それは私たちの心に、深い傷を与えました。

兄弟、姉妹の皆様!

カルバラーとは、イスラームのウンマ(共同体)におけるすべての信仰者に共通する何世紀にも及ぶ痛みであり、また悲しみであります。たとえどこにいようとも、どの宗派に属そうとも、心に信仰を持ち、神のみ使いを愛し、そのサハーバ(教友)たちを愛し、またそのご家族を愛する信仰者ならば誰しもが抱えている、同じひとつの苦しみであります。

親愛なる兄弟、姉妹の皆様!

このカルバラーについて、適切なあり方で読み、理解することこそ、今の私たちに課されている責任であります。これを物語に作り変えてしまったり、歴史上のよくある出来事として一般化すべきではありません。私たちはこの悲しむべき出来事から、学びを得るべきなのであります。

カルバラーを理解するとは、何よりもまず、フサイン(彼に神の御満悦あれ)とその友人たちが自らの命を犠牲にしたその道がすなわちクルアーンの道であり、ムハンマド・ムスタファ(彼の上に平安あれ)の道であったのだと知ることを意味しています。彼らが自らの命を犠牲に捧げたその道の、最も高い価値を理解し、またそれを選び取るということを意味しています。かつて彼らがそうしたように、真実、倫理、美徳、尊厳、そして名誉のために努力するということを意味しているのです。

兄弟、姉妹の皆様!

今日(こんにち)、カルバラーについて、私たち全員が新たな認識を身につけてゆかねばなりません。カルバラーは統一と連帯のためのよすがであり、決して分断や離別のためにあるのではありません。カルバラーとは、私たちが一体となるためにあるのです。全能の主がお命じになられた通りであります。「あなたがたはアッラーと使徒に従いなさい。そして論争して意気をくじかれ、力を失なってはならない。(8章46節)」

今日(こんにち)、私たちの責任とは、歴史から学び取ることにより、自らの進むべき方向を形づくることにあるのです。歴史の1ページに留まって、道を見失うことではありません。カルバラーが私たちに課している義務と責任とは、私たちが自らの心の扉を、お互いに大きく開き合うことであります。私たちの心を、カルバラーの沙漠に変えてしまわないようにすることであります。私たちの預言者(彼の上に平安あれ)の呼ぶ声、「おお、アッラーのしもべたちよ、互いに兄弟でありなさい!」とのお言葉に、心の底から耳を傾けることであります。

私たちは今もなお、イスラームの諸地域においてカルバラーが続いているのを、悔悟の念と共に目撃しています。残酷な人々が今もなお、カルバラーの非道をもって彼ら自身の兄弟、姉妹の血を流し、苦しめています。

Friday Prayer - Jumuah Khutba 「Those Who Forgot Allah Will Be Forgotten」
Friday Prayer – Jumuah Khutba 「Don’t Turn Your Heart Into The Desert of Karbala」

兄弟、姉妹の皆様!

この痛ましい出来事の数々を前に、私たちはより広い見識と深い洞察力を身につける必要があります。私たちは共に分かち合う価値を高め、今一度、お互いが創造において平等であること、宗教における兄弟、姉妹であること、そして喜びも悲しみも共にしているのだということを、はっきりと宣言しなくてはなりません。

本日のホトバを、フサイン(彼に神の御満悦あれ)の祈りの言葉をもって終えたいと思います。「おお、アッラーよ!主にこそ、最も大いなる賞賛あれ。おお、アッラーよ!私たちの父祖たる預言者をお造りになったことを感謝します。私たちにクルアーンを下され、またその深さをお教え下さったことを感謝します。おお、アッラーよ!真実を見る目と、真実を聞く耳と、真実を思う心をお与え下さったことを感謝します。おお、アッラーよ!私たちを、感謝する者の一人としてお認めください。誤った者たちを遠ざけた、信仰者たちの守護者の一人としてお認めくだ

さい!」

1 Muslim, Sıyâm, 203.

2 Al-Anfal, 8/46.

3 Bukhari, Edeb, 57.