نَزَّلَ عَلَيْكَ الْكِتَابَ بِالْحَقِّ مُصَدِّقاً لِّمَا بَيْنَ يَدَيْهِ وَأَنزَلَ التَّوْرَاةَ وَالإِنجِيلَمِن قَبْلُ هُدًى لِّلنَّاسِ وَأَنزَلَ الْفُرْقَانَ

敬愛すべき信仰者の皆様!

私が詠んだ章句において、全能の神は以下の通り確証しておられます。
「かれは真理をもって、(おお、ムハンマドよ、)あなた に啓典を啓示され、その以前にあったものの確証とし、また律法と福音を下された……」。

(イムラーン家章3節)

兄弟、姉妹の皆様!

時として、タウヒードと知恵と創造の目的が忘れ去られ、人間の歴史に終止符が打たれることもありました。すると全能の神は再び預言者を使わし、人間に真実の道をお示しになりました。そしてそれを生かせるようにと、啓典を授けたまいました。神の啓典 は神のみ言葉であり、言葉や文章によって表わされたものの中でも最も優れたものであります。神による諸々の啓典を信じること は、信仰者としての条件のひとつであります。啓典を信じるとは、神のみ言葉が真理の言葉であると認めるということでありま す。啓典を信じるとは、それぞれの啓典はそのひとつ前の啓典を確証するものであり、このつながりの最後に授けられたのがクルアーンであると認めることであります。

兄弟、姉妹の皆様!

私たちはすべての啓典を、優劣をつけることなく信じるよう命じられています。手が加えられていない、神が授けた通りの姿の啓典についてであることは言うまでもありません。私たち信仰者は神のみ言葉の、最初に啓示された通りの姿を信じているのであります。私たちは無垢なままのそれを神のみ言葉として受け入れ、それにふさわしい敬意をはらうのであります。啓典の否定はその保有者の否定を意味するということを、私たちは知っています。またクルアーンを除けば現存する諸々の啓典は、最初に下された通りの姿ではないことも承知しています。

兄弟、姉妹の皆様!

神の導きである聖なる啓典に手が加えられたとき、神は預言者として私たちの師を使わしたまいました。主は再び、啓示を通じて人類の歩むべき道を示されたのです。最初の人類に始まった啓示の伝統は、ムハンマド=ムスタファ(彼の上に平安あれ)に よって完結したのです。彼こそはハタム・アン=ナビーユーン、最後の預言者であります。彼おひとりがじかに触れ、私たちに教えてくださった聖クルアーンこそ最後の啓典であります。クルアーンこそは真実の道の源であり、唯一の導きであります。クルアーンと、神のみ使いが示す模範のおおいなる価値の許にとどまるか否かに、現世と来世の幸福が委ねられているのであります。

Friday Prayer - Jumuah Khutba 「Those Who Forgot Allah Will Be Forgotten」
Friday Prayer – Jumuah Khutba 「Belief In The Books」

兄弟、姉妹の皆様!

聖クルアーンとは、私たちの師がウンマ(共同体)に託した最大の遺産であります。それは生ける奇跡であります。「ほんとうに、われこそはその訓戒を下し、必ずそれを守護する」(アル・ヒジュル章9節)とある通り、それは神の守護の下にあります。クルアーンは、私たちが存在する理由とその目的を示してくれます。私たちがどこから来たのか、そしてどこへ向かうのかを語ってくれます。良いしもべとは何か、良い娘、良い息子とは何か、良い隣人とは何か、つまり良い人間になるにはどうするべきかを、クルアーンは教えてくれます。思いやりや正義、優しさについての助言を与えてくれます。クルアーンを読み、聞き、理解することはイバーダ(崇拝)の行ないであります。人生に渡りこれを行ない続けることこそ、私たちの存在の目的なのです。クルアーンは、求める者に保護と守護を与えてくれます。癒しの源であり、真実の道の導きであり、慈悲そのものであります。クルアーンの導きに従い、私たちの師である預言者の足跡を辿って人生を歩む人は、決して道を見失うことはなく、また道に迷うこともないでしょう。

全能の主が私たちから、聖なる啓典と私たちの師(彼の上に平安あれ)という模範をどうか取り上げたまいませんように。
本日のホトバを、私たちの預言者の以下のハディースをもって終わりたいと思います。
「神のみ言葉は最良の言葉であり、ムハンマドの道は最良の道である」。

1 Âl-i İmrân, 3/2-4.

2 Al-Hijr, 15/9.

3 Muvattâ, Kader, 1.

4 Nesâî, Sehv, 65.