兄弟、姉妹の皆様!
サハーバ(預言者の教友)のおひとりであるムアズ・イブン・ジャバルは、非常に若くしてイスラームに帰依なさいました。彼は預言者を深く慕っていました。預言者(彼の上に平安と祝福あれ)もまた、ムアズに好意を持たれ、そのことを口になさり、彼に数々の助言をお与えになりました。ある日のことです。私たちの預言者はムアズに対し、また神の命に応じて生きることについて、以下の通り助言をお与えになりました。「おお、ムアズよ! サラート(礼拝)の後で、こう祈りなさい。『愛する全能の神よ、私がいつもあなたの偉大なる御名を呼び、あなたのご承認に感謝し、最善のあり方であなたを崇拝できるようお助けください』」。
愛すべき兄弟、姉妹の皆様!
実り多き季節を過ごした今、全能の主に永遠の感謝を捧げましょう。この 間じゅう、私たちの上には神の恩寵が雨のように降り注いでいました。それは幸福と希望の日々でありました。兄弟、姉妹が聖なるハッジ(巡礼)の旅を成し遂げたことは、私たちの喜びであります。アラファやカアバにおいて信仰者たちの捧げる祈りは天に届き、私たちすべてを包みこみました。預言者イブラヒームによる、イスラームの共同体の礎(いしずえ)を記念するイード・アル=アドハーを、皆で揃って祝えたことは、私たちの喜びであります。捧げた犠牲を通じて、全能の主への忠誠と服従の証しをたて、神のしもべたることを示せたことは、私たちの喜びであります。

Friday Prayer – Jumuah Khutba 共に旅に出ましょう:永遠のイードを目指して
共に旅に出ましょう:永遠のイードを目指して

兄弟、姉妹の皆様!
希望を持ちましょう。ハッジやイード・アル=アドハーの犠牲を通じて、私たちは自らを浄め、罪を捨て去る機会を得たのです。私たちは復活と、永遠の生命という吉報の恵みを授かりました。恩寵に満ちたこの季節が、私たちの間の分け隔てを取り除いてくれました。私たちはお互いに、また自分自身に対してもより近しくなりました。自らの肉体に閉じ込められていた私たちの精神は、全能の主のおそばにより近しくなったのです。
兄弟、姉妹の皆様!                 この季節、この祝福と恩寵を深く吸収することが私たちの務めであります。ハッジと、捧げられた犠牲と、 イードの祝祭をもって勝ち得た神のみしるしを保つことが、私たちに求められています。ハッジが私たちに、 全能の主を知り、神の誠実なしもべとなるすべを思い起こさせてくれました。ですからハッジの聖なる季節の 間に限らず、いつであっても神を思い、神を讃えましょう。どのような時であっても、クルアーンの以下の章 句を忘れないようにしましょう。「あなたがたは、神を忘れた者のようであってはならない。かれは、かれら 自身の魂を忘れさせたのである。これらの者は神の掟に背く者たちである。(59章19節)」
愛すべき兄弟、姉妹の皆様!
犠牲として家畜を捧げることにより、神に対する清らかで純粋な崇拝が呼び覚まされたのです。私たちは許された行ないをなし、禁じられた行ないをなすことは決してないでしょう。偽りから自らを遠ざけ、神に近づくことが呼び覚まされたのです。犠牲に限らず、あらゆる形における崇拝と善行を通じて、全能の主に近づくすべを追い求めましょう。私たちを神のおそばへと導く善きもの、美しきものを追い求めましょう。私たちを全能の主から遠ざける、悪しきものを遠ざけましょう。
兄弟、姉妹の皆様!
イードは私たちに、<ひとつ>であること、<共に在る>ことを思い出させてくれました。私たちは建物を築
く煉瓦のように、身体を動かす部分のように、共にひとつとなりました。イードの間に限らず、いつでも絆を共にしましょう。イードを通じて強められたこの一体感を、この調和と友愛を保っていきましょう。イードのもたらす恩寵と祝福である喜びと幸福、平安と静謐を日々、お互いに与え合いましょう。決してお互いをないがしろにはせず、兄弟、姉妹を忘れることなく、希望を失い、孤独にある人々を見過ごすことのないようにしましょう。恩恵の源として遣わされた預言者に従う者としての自覚をもって、人生を歩んでいきましょう。
兄弟、姉妹の皆様!
現世とは、審判の日のために耕すところであるということを忘れずにいましょう。審判の日の救済は、この地上において何をなしたかによって得られるものです。過ぎゆくこの世の生をもって、永遠の平安と静謐を得るすべとしましょう。自らの心と魂から、悪意や敵意、憎しみをぬぐい去り、世界じゅうに愛と慈しみ、善良さを、競い合って広めていきましょう。神の善きしもべとなり、預言者の善き従者となり、お互いにとっての真の兄弟、姉妹となりましょう。最後の審判の日に、自ら申し開きを立てられるよう日々を過ごしましょう。共にそろって、永遠の生へと向かう航海に出ましょう。