( ويل للمطففين ( 1 ) الذين إذا اكتالوا على الناس يستوفون ( 2 ) وإذا كالوهم أو وزنوهم يخسرون ( 3 ) ألا يظن أولئك أنهم مبعوثون ( 4 ) ليوم عظيم ( 5 ) يوم يقوم الناس لرب العالمين ( 6 ) )صدق الله العظيم

أخرجه مسلم في صحيحه (146) من حديث أبي هريرة رضي الله عنه أن رسول الله صلى الله عليه وسلم قال  مَنْ حَمَلَ عَلَيْنَا السِّلَاحَ ، فَلَيْسَ مِنَّا ، وَمَنْ غَشَّنَا ، فَلَيْسَ مِنّا

兄弟、姉妹の皆様!
メディナで、イードの朝を迎えた時のことです。礼拝の後で、 犠牲を捧げるための時が過ごされました。預言者(彼の上に平安あれ)は、自らのスンナ(慣行)に従い、二頭の家畜を犠牲に捧げました。慈しみ深い両手で、彼は犠牲の家畜を地面に寝かせ、顔をキブラの方角へ向かせました。それから、私たちの聖なる書にある、次の章句を暗誦なさいました。「わたしは天と地を創られた方にわたしの顔を向けて、純正に信仰します。わたしは多神教徒の仲間ではない。(家畜の章79節)」「わたしの礼拝と奉仕、わたしの生と死は、万有の主、神のためである。かれに同位者はありません。(家畜の章162-163節)」章句を暗誦し終えると、私たちの預言者は祈りを捧げ、神の名において家畜を犠牲に捧げられたのです。「おお、神よ!この犠牲はあなたのご承認、あなたのご同意のためのもの。私から、私の家族から、そして私のウンマ(共同体)から、どうかこの犠牲をあなたの御許にお受け入れください!」。

Friday Prayer - Jumuah Khutba 「犠牲について:主の誠実なしもべたることの宣言」
Friday Prayer – Jumuah Khutba 「犠牲について:主の誠実なしもべたることの宣言」

尊敬すべき信仰者の皆様!
この世における最大の栄誉とは、神のおそばすぐ近くにあるということであります。神は私たちのすぐそばにおられます。私たちの、頸動脈よりも近くにおられるのです。そして神は、私たちにも同じように、より神の近くにあるよう求めておられます。だからこそ神は、私たちがもっと神に近づけるようにと、私たちに無数の祝福をお与え下さっておられるのです。神が崇拝なるものをお造りになったのも、私たちが神により近づけるようになるためであります。私たちは、宗教の義務を果たすことにより、私たちの主へと近づくのです。誰であれ、主のおそばにある人は真理のそばにある人です。誰であれ、主のおそばにある人は正義と慈悲のそばにある人です。誰であれ、主のおそばにある人は悪魔から遠ざかった人です。そして今、私たちを主のおそばへと導く、もうひとつの宗教の聖なるお祭の日を迎えようとしています。イード・アル=アドハー、すなわち犠牲と、祝祭の日であります。私たちの心は、早くも喜びに満たされつつあります。
愛すべき兄弟、姉妹の皆様!
犠牲を捧げるということは、単に動物の血を流すというようなことでは決してありません。そこには、より深い意味と知恵が込められているのであります。何よりもまず、犠牲とは神から私たちを遠ざけるあらゆる重荷を降ろすという意図の許に捧げられるものであります。犠牲の目的とは、神と私たちの間のあらゆる妨げを取り除くことにあるのです。私たちの心を、神へと直(じか)に開くことにあるのです。すなわち犠牲とは、自らが神にのみ従い、神に誠実であることを宣言するためのものなのであります。この事実について神は私たちに、聖なる書を通じて次のように告げておられます。「それらの肉も血も、決して神に達する訳ではない。かれに届くのはあなたがたのタクワ(篤信)である。(巡礼の章37節)
兄弟、姉妹の皆様!
もしもかなうことならば、皆さんも犠牲の家畜を捧げてください。もしもそれが無理ならば、皆さんのムスリム同胞たちに手を差し伸べてください。ほほえみさえもサダカ(慈善)となるのです。皆さんもほほえんで下さい。神を忘れさせてしまうような物事についてこそ、忘れてしまいましょう。清らかな真理のそばにいましょう。私たちはひとつでありましょう、共にいましょう。私たちは、わが子イスマーイールをもって試練を下された預言者、イブラーヒーム(彼に神の御満悦あれ)の仲間でありましょう。私たち自身の子どもたちもまた、私たちの手に託されたイスマーイールと同様なのだということを、心に留めておきましょう。私たちの預言者(彼の上に平安あれ)と教友たちの歩む道から、決して逸れることのないようにしましょう。
兄弟、姉妹の皆様!
例年通り、宗務庁ならびに宗務庁財団は、今年もまた市民の皆様からお預かりした慈善と寄付を全世界に届けるための準備を整えています。慈善の心に満ちた市民の捧げる犠牲が、国の内外を問わず、貧しく、虐(しいた)げられた私たちの兄弟、姉妹の許へ届けられます。こうして、友好の橋という橋がより強くなってゆきます。私たちの捧げる犠牲の一つひとつが、貧しく、虐げられた兄弟、姉妹の許に届くとき、それは私たちの連名においてしたためられた、愛と慈しみの手紙が届くときであるということを、忘れないようにしましょう。こうした思いと感情を胸に、平穏のうちにイードの日を迎えられるよう、また私たちの捧げる犠牲が受け入れられるよう、私たちの主にお祈りいたします。