2019年7月26日

尊敬すべきムスリムの皆様!

今日は金曜日です。一週間のうち最も祝福された、恵みゆたかな日であります。信仰者のイードであり、週に一度の集まりの日です。それは恩寵と慈悲、そして同胞愛、家族愛のひと時であります。

今日(こんにち)においては、私たちの最も大切な責任とは金曜礼拝の実践であります。なぜなら、金曜礼拝こそはムスリムの務めだからです。全能のアッラー(スブハーナ ワ タアーラー)は、次のように命じておられます。「信じる人々よ。あなたがたが集う日、礼拝の呼び声を聞いたときは取引から離れ、アッラーを想い起こすことに急ぎなさい。その方があなたがたのために良い、もしもあなたがたが知っていさえすれば」。[i]

正当な理由がない限り、金曜礼拝をおろそかにするのは重大な罪となります。アッラーの使徒(彼の上に祝福と平安あれ)は、この点について次のように私たちに警告しています。「気にかけずにいたせいで、三度、金曜礼拝に参加しなかった者については、アッラーがその心を封じたもうだろう」[ii]

親愛なるムスリムの皆様!

金曜礼拝にはホトバが不可欠です。ホトバもまた、ちょうど礼拝と同じように崇拝の行為であります。

静かに、かつ畏れをもってハティーブ(説教者)に耳を傾け、その一字一句に注意を傾けるというのが、宗教的に必要とされていることであります。ホトバの間じゅう、友人に話しかけたり、携帯電話をいじって過ごしたりすれば、ホトバの本質から離れてしまい、その報奨を失うことになるでしょう。礼拝の魂に反するこうしたふるまいが、日々、私たちのコミュニティに広まっているのを指摘しなくてはならないのは悲しむべきことであります。しかしコミュニティの一人ひとりに対し、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)は、近くにいる人に話しかける友人に注意することさえも許可しませんでした。そしてご自分のウンマに対し、次のように警告しています。「イマムが金曜日のホトバを読んでいるときは、自分の友人に「静かにしなさい」と言うことさえ間違っている」。[iii]  

尊敬すべき信仰者の皆様!

太陽が昇る日の中で、最善の日である金曜日の恩寵と祝福にあずかれるようつとめましょう。この日を、人と出会い、友人となり、同胞愛の絆を深めるための日として過ごすようにしましょう。互いの近況を尋ね合い、互いの幸福を分かち合い、困っている者がいれば互いに助け合いましょう。貧しい人や困っている人、病気を抱えている人たちを、どうすれば助けることができるかを一緒に考えましょう。「幸福な時代(預言者ムハンマドの生前)」のように、金曜日には家族全員でモスクに出かけましょう。子どもたちが金曜礼拝に慣れ親しめるようにしましょう。若い世代を金曜礼拝に招きましょう。

ホトバが礼拝の一部であることを忘れずにいましょう。ホトバの間は、ハティーブとホトバだけに関心と注意を払いましょう。崇拝の魂にふさわしくないふるまいは避けるようにしましょう。ドゥアが聞き届けられるこの受け入れのひととき、私たちは全身全霊を、心を、感情のすべてをアル・ラフマーンに傾けるようにしましょう。

本日のホトバを、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)からの吉報をもって終わります。「金曜という日には、しもべが何かを願えば、必ずアッラーが求めるものを与えたもう瞬間というものが確かに存在する」。[iv]


[i]Jumu’ah, 62/9.

[ii]Ibn Majah, Ikamet, 93.

[iii]Muslim, Jumu’ah, 11.

[iv]Tirmidhi, Jumu’ah, 2.