قُلْ إِنَّمَا حَرَّمَ رَبِّيَ الْفَوَاحِشَ مَا ظَهَرَ مِنْهَا وَمَا بَطَنَ وَالإِثْمَ وَالْبَغْيَ بِغَيْرِ الْحَقِّ وَأَن تُشْرِكُواْ بِاللّهِ مَا لَمْ يُنَزِّلْ بِهِ سُلْطَانًا وَأَن تَقُولُواْ عَلَى اللّهِ مَا لاَ تَعْلَمُونَ ﴿٣٣﴾

尊敬すべき信仰者の皆様!

全能のアッラーは、次のアーヤにおいてこう述べておられます。「言え、『本当にわたしの主が禁じられたことは、あからさまな、また隠れた淫らな行いや罪、真理や道義に外れた迫害でる。・・・』」またハディースにおいて、預言者(彼の上に祝福と平安あれ)はこう語っておられます。「人々が耳にした、初期の預言者の言葉の中に、『あなたがたのハヤー(羞恥心)に照らして、恥ずかしいと思わないのならば好きなことをするがよい。』というものがある。」

親愛なる兄弟、姉妹の皆様!

貞節(ていせつ)と謙虚(けんきょ)さは、イスラームにおける道徳に欠かすことのできない二つの基本的な価値であります。それらは、あらゆる美徳と倫理的な美しさの核心です。人間にとり、謙虚であることは生命そのものであります。人間として、また信仰者として生きていくのに必要なことであります。貞節と謙虚さは、アッラー、自然、そして世界に対する人間の責任についての理解と認識を特徴づけるものであります。それは生命と存在を形づくるだけではなく、神の恵みと恩寵(おんちょう)を成就(じょうじゅ)するものであります。貞節と謙虚さは、あらゆる悪や醜(みにく)さを遠ざけ、間違いなく信頼できるということを示すものであります。 その一方、恥を知らないということは、退廃や人間らしからぬふるまい、そして自らの存在の目的や知恵を忘れるということを意味します。それは人間の霊的な死であります。叛逆(はんぎゃく)や否定、一線を超えたふるまい、破壊、そして不正義を示すものであります。

兄弟、姉妹の皆様!

貞節や謙虚さと、互いに補(おぎな)い合うもうひとつの価値があります。私たちはそれを「プライバシー」と呼んでいます。プライバシーとは、いわば敬意であります。それは尊厳であり、名誉であり、尊敬であります。プライバシーとは、個人や家族の私的な領域であります。それはどのような状況においても、守られるべき境界や領域であります。

兄弟、姉妹の皆様!

プライバシーは、元をたどれば禁止にその端(たん)を発しています。ここでいう禁止とは、偉大なる主が私たちに課している禁則を指します。あるものは、それが悪であり醜いがゆえに禁じられています。飲酒や賭博(とばく)が禁じられているのは、それが悪であり有害な行為だからであります。またあるものは、尊厳と尊敬ゆえに禁じられています。両親とは尊敬されるべき存在であり、そのため不平不満を述べることすら禁じられています。家族のプライバシーとは、アッラーが授けてくださった、私たちにとっての地上の楽園である、祝福すべきこの枠組(わくぐ)みに対する敬意に根ざしています。家族のプライバシーが侵害され、暴露(ばくろ)されれば、それは社会にとっては大きな害悪であり、退廃の始まりであります。それゆえ私たちの主は人類に対し、アーダムとハッワを通して、人間と家族のプライバシーについて教え、それを守るよう命じたもうたのであります。

Friday Prayer - Jumuah Khutba 「Those Who Forgot Allah Will Be Forgotten」
Friday Prayer – Jumuah Khutba 「Loss Of Privacy is Deprivation」

兄弟、姉妹の皆様!

私たちは、コミュニケーションとテクノロジーの時代を生きています。コミュニケーション・ツールは私たちにとり 便利である一方で、私たちの生活をより困難なものにもしています。プライバシーを尊重しないマス・コミュニケーションや、ソーシャルメディアの過剰で無制限な使用は、個人的にも家族的にも、また社会的にも多くの問題を生じさせます。家族や子どもたち、若者たちを悪弊(あくへい)から守るためにも、必要とされているのはプライバシーと思いやりに関する教育であります。日々、子どもたちを現実の世界から引き離し、仮想世界に閉じ込めてしまっているこの現象がなぜ起きているのかに、より多くの関心を払う必要があるのです。私たちは皆、家族の基盤となる慈しみ(いつくしみ)や思いやり、愛情、誠実さやプライバシーといった価値を守り、未来の世代に引き継いでゆくという大切な義務と責任を負っているのです。全能の主が私たちを、責任感のあるしもべの一人としてお認めくださいますよう、お祈りいたします。

[i] Al-A’raf, 7/33.

[ii] Bukhari, Adab, 78.