東京ジャーミイ 金曜礼拝のホトバ 「悔い改めに立ち返ること」
東京ジャーミイ 金曜礼拝のホトバ
2026年2月27日
悔い改めに立ち返ること
尊敬すべきムスリムの皆様!
愛すべき預言者 ﷺ が、臨終の青年を見舞われたときのことです。「具合はどうですか」とお尋ねになると、青年はこう答えました。「アッラーの使徒よ。私はアッラーの慈悲を望みます。しかし同時に、自分の罪を恐れています。」すると、アッラーの使徒 ﷺ はこう述べられました。「このようなとき、人の心の中にそれら二つ(希望と恐れ)が同時に宿るならば、アッラーはその人が望むものを与え、その人が恐れるものから守ってくださるであろう。」1
親愛なる信仰者の皆様!
人間は失敗するものです。忘れたり、誤ったり、過ちを犯したりします。ときには、アッラーの戒めを守り、禁じられたものを避けることに対して無頓着になることもあります。また、ときには他人の権利や社会的な信頼を損ない、罪に陥ることもあります。けれども、いくつかの非常に重要な点があります。それは、自分の犯した罪を決して軽視してはならないこと。ハラームなことを公然と誇示してはならないこと。そして、過ちや悪事に固執してはならないということです。全全能のアッラーは、篤信ある信仰者の性質について、次のように告げておられます。「……不品行や、あるいは自分で自分に不正をなしたとき、アッラーを想い起こしてその罪の赦しを願う者たち。アッラーの他に、誰が罪を赦すだろうか。また、[それが罪であると]知りながら行ったことに執着することのない者。」2
尊敬すべきムスリムの皆様!
時はあっという間に過ぎ去ります。私たちの人生という財も、刻一刻と失われていきます。日を追うごとに、私たちは来世の生へと一歩ずつ近づいているのです。このつかの間の人生の結末は、永遠の至福か、完全な喪失かのいずれかへとつながります。このことを、常に心に留めておきましょう。私たちにとってもっとも実りある成果とは、アッラーに喜ばれる行いを成し遂げ、預言者 ﷺ の高貴な人格を体現することです。それは、公正を私たちの原則とし、あらゆる悪を避けることにほかなりません。ころが、「いずれにせよアッラーは赦してくださるだろう」「そのうち悔い改めればよいだろう」と考え、悔い改めの扉を開くことを先延ばしにし、罪にとどまり続けること、これこそが、私たちにとって最大の損失となるのです。愛する預言者 ﷺ はこう語っておられます。「アーダムの子孫は皆、罪を犯す。そして罪を犯す者のうち、もっとも善いのは悔い改める者たちである。」3
本日の金曜礼拝のホトバを、全能のアッラーからの次の吉報をもって終わります。「[預言者よ、]言いなさい。「自分自身に反し、踏み外してしまったしもべたちよ。アッラーの慈悲に絶望してはならない。本当にアッラーは、罪のことごとくをよく赦す。本当にもっともよく赦す御方、もっとも慈悲深い御方。」4
[1] Ibn Majah, Zuhd, 31.
[2] Ali ‘Imran 3/135.
[3] Ibn Majah, Zuhd, 30.
[4] Az-Zumar, 39/53.
| Prayer | Time |
|---|---|
| Fajr | 04:49 |
| Sunrise | 06:14 |
| Dhuhr | 11:54 |
| Asr | 15:52 |
| Maghrib | 17:34 |
| Isha | 18:54 |




