東京ジャーミイ イードのホトバ 「イード・アル・アドハー(犠牲祭)」

東京ジャーミイ

尊敬すべき信仰者の皆様!
それは、ヒジュラ暦2年目のズ・ル・ヒッジャ月10日の出来事でした。私たちの預言者(彼の上に祝福と平安あれ)は、教友たちと共に最初のイード・アル・アドハーを祝おうとしていました。アッラー(スブハーナ ワ タアーラー)のために、家畜が犠牲に捧げられようとしていました。一体感や連帯感に包まれる中で、ムスリムたちはイードの平安を味わおうとしていました。

祝福されたイードの朝、またイードの礼拝の喜びを楽しむことができるように、ドゥアやホトバを通して学びを得ることができるようにと、アッラー(スブハーナ ワ タアーラー)の使徒は、女性たちもイードの礼拝に参加するよう命じました。マスジドに到着すると、使徒(彼の上に祝福と平安あれ)は信仰者たちに挨拶をし、アッラー(スブハーナ ワ タアーラー)への感謝と讃美を述べた後で、教友たちに次のように語りました。「この日(イード・アル・アドハーの初日)に最初いするべきことは、イードの礼拝を行うことであり、また礼拝から帰った後で、自分たちの犠牲を捧げることである。そしてそのようにふるまう者は、誰であれスンナに従う者である」。1

親愛なるムスリムの皆様!
人生の中で最も貴重な日にあたるイードのこの朝、私たちは、私たちの最愛の預言者とその偉大な教友たちが抱いたのと同じ興奮を味わっています。一体感や連帯感に包まれる中で、私たちにイードを迎えさせたまい、また私たちを、カアバの影であるマスジドへ集めたもう全能の主(スブハーナ ワ タアーラー)を称えましょう。また、世界への慈悲として遣わされた私たちの最愛の預言者(彼の上に祝福と平安あれ)に、平安の挨拶を送りましょう。

尊敬すべき信仰者の皆様!
イードは、信仰における同胞愛が最も高まる聖なる日々であります。悲しみの雲を心からとりのぞき、アッラーへの感謝で心をあたためる時です。これは私たちのドゥアが受け入れられ、罪が赦され、私たちの崇拝を完成させるために、全能のアッラー(スブハーナ ワ タアーラー)から私たちに授けられたひと時なのです。

親愛なるムスリムの皆様!
クルバンとは、何よりもまず崇拝であります。崇拝における本質とは、意図の純粋さと誠実さ、すなわちイフラースにあります。私たちの全能の主(スブハーナ ワ タアーラー)は聖クルアーンにおいてこう告げておられます。「また、糧としてもたらされた家畜のけものの上に、アッラーの御名を唱えるようにと、われらはすべての共同体にそれぞれ儀式を設けた。あなたがたの神は、唯一の神である。だから御方に服従しなさい」。2

親愛なる信仰者の皆様!
今日は犠牲祭、イード・アル・アドハーです。お互いを受け入れ、許し合い、自分自身を新たにする日です。遠い国で抑圧され、犠牲となり、痛みと涙の中でイードを迎えている兄弟、姉妹に希望を届ける日です。
この祝福された日に、全イスラム世界におけるイードを祝いたいと思います。アッラーの平安と慈悲、そして祝福が、私たち全員の上にありますように。このイードが私たちに慈悲と正義を、また導きと救いをもたらしてくれますように。


[1] Ibn Hanbal, IV, 283; Bukhari, ‘Eidayn, 3, 15.
[2] Hajj, 22/34.

東京ジャーミイ イードのホトバ 「イード・アル・アドハー(犠牲祭)」(PDF)