読書会コラム:ユヌス・エムレ 心の言葉 ― 第4回「絶望」

古典読書会コラム

読書会コラム:ユヌス・エムレ 心の言葉 ― 第4回「絶望」

「イスラーム古典読書会」初回からナビゲーターをつとめてくださっているカイイム・ホジャこと山本直輝先生からユヌス・エムレの訳詩と解説 第4回が届きました。「修行僧ユヌス」とも呼ばれ、トルコ文学の祖として知られる13世紀の詩人の言葉を日本語でも味わってみてください。

9月の山本直輝先生の読書会はおやすみです。その他の読書会のスケジュールは9月の予定表をご覧ください。参加を希望される方は申込フォームよりご連絡ください。


ユヌス・エムレ
心の言葉

第四回:絶望

文:山本直輝
画:グフロン・ヤジッド

 今回紹介する詩はスーフィー詩のなかでも「ムナージャ―ト」と呼ばれるジャンルになります。ムナージャ―トとは「救いを求める」という意味で、人間が神に心を通じて切実に求める救済の願いを表しています。筆者はスーフィズムの研究をしているのですが、どうもスーフィズムというと「神への愛」だとか、「道徳」だとか日常生活から乖離した神秘哲学か、誰にでも言えそうな当たり障りのないお説教というイメージがあります。今回紹介するユヌス・エムレの詩を読んだ時、私は少し驚きました。なぜならそこには運命を受け入れ、神への愛に没入するようなスーフィーとは異なる姿を見たからです。ユヌス・エムレは罪を犯した恐怖を吐き出し、そしてそのような「運命」を与えた神に問いかけているのです。
 神はなぜ私を罪や過ちでまみれた存在として創造したのか? 私が一体何をしたのか? 取り返しのつかない過ちを犯した恐怖、そして来世の裁きを受けなければならない絶望。ユヌス・エムレはあまりにも正直に感情を吐露しています。

 取り返しのつかない過ちを犯したとき、自分はこんなにも弱い人間だったのかと動揺し打ちのめされます。その罪の色が自分の人生のすべてを塗りつぶしていくかのように感じ、自暴自棄になる人もいるでしょう。しかし、スーフィズムではこのような絶望の底に落ちたような感情こそ、信仰の土台となるのです。
 中世の高名なイスラーム学者イブン・カイイム・ジャウズィーヤは『求道者たちの階梯』において、以下のような先人の言葉を紹介しています。

先人曰く、”人は罪を犯すことで楽園に行けるかもしれないし、神の命に従順に行動することで逆に地獄の炎に包まれるかもしれない” 人々がどうしてそうなるのかと聞くと、こう答えた「罪を犯したとしても、後悔して、安らかに眠ることなく、立っているときも、横になっているときも、歩いているときも忘れずにいれば、本当の意味で悔い改め、許しを乞い、後悔に苦しむことで楽園に導かれるのだ。一方、善い行いをした人は、そのことで頭がいっぱいになり常にそれを思い出し、心が高揚し、誇りを持ち、自己満足に浸るが、これらの感情は自らを破滅へと導く。

 イブン・カイイムによれば、信仰というのは善行を積み重ねていくことではなく、後悔を引きずっていくことなのです。しかしただ引きずっているだけでは意味がありません。再び同じような過ちはすまいと再び立ちあがって生き続けることです。
 ハリーポッターの前日譚シリーズの映画二作目『ファンタスティックビーストと黒い魔法使いの誕生』で、犯した罪に苦しむ元教え子に若き日のダンブルドア教授が「私も後悔が私にとって一番親しい友人となってしまった」と静かに言うシーンがあります。
 ユヌス・エムレのこの詩も、一時の感情というよりは、長年求道者として生き、生涯抱え続けてきた感情を総括したものに思えます。
 後悔と恐怖に満ちたボロボロの感情をアッラーにぶつけるこの詩は格好よくはありません。しかし、神への愛を高らかに詠ったり、神の創造の神秘を美文で連ねたりするよりも、よっぽどまっすぐで美しい詩だと私は感じます。

ああ神さま、もし私を咎めたいのなら
これが私の率直な応えです

確かに、私は出来損ないの罪人です
しかし、私は王たるあなたに何をしたというのですか

私は何者なのか?あなたが私を創ったのではないのですか?
慈悲深き神よ、なぜ私を罪で汚したのですか。

目を開ければ私は牢獄に囚われの身
周りは悪魔と誘惑と嘘だらけ

それでも飢え死だけは嫌で
何度も何度も 泥水をすすり生きてきました

私のせいであなたの御力は弱まりましたか?
私みたいな人間が神を超えることなど一度でもありましたか?

私はあなたが得るべき恵みを損なったことなどあるでしょうか?
あなたからなにかを奪い、あなたが飢えることなどありましたか?

私の命を奪ってもなお、まだ私を痛めつけるのですか?
肉が腐りきって 私は暗い土の中

あなたは天国に至る一本の髪の毛のような細い橋を架け、「渡れ」と仰った
それでも結局私はしくじるのだ 自業自得

この髪の毛のように細い橋をどうやって人が渡れるというのですか?
すべり落ちるか しがみつくか 飛び下るしかない

それでも人は希望を求め 橋を架ける。
もし渡りきることができたなら 神に会えるのだろう

どうか神さま、柱が橋をしっかりと支え
私の後に続く旅人は この橋を渡り切りますように

そしてあなたは裁きの秤をもちだす
私を業火へと投げ入れるために

私が八百屋だったなら秤がお似合いだっただろう
あるいは商人 宝石売りだったなら

しかしこの秤は罪 この世で最も汚らしいものを量る
恩寵を受けるに値しない人間の財産を

あなたは私のすべてを見て、すべてをご存じです
それなら、なぜ今更私の業を秤でこれ見よがしに量るのですか

ユヌスがあなたを害すことなどあり得ません。
我が秘密はすべてあなたの手に

主よ なぜ一握りの塵に過ぎない人間のことを
あなたが語る必要があるのですか

Yâ ilâhî ger su’âl itsen bana
Bu durur anda cevâbum uş sana

Ben bana zulm eyledüm itdüm günâh
N’eyledüm n’itdüm sana iy pâdişâh

Ben mi düzdüm beni sen düzdün beni
Pür ‘ayıb niçün yaratdun yâ Ganî

Gözüm açup gördügüm zindân içi
Nefs ü hevâ pür-tolu şeytân içi

Habs içinde ölmeyeyin diyü aç
Mismil ü murdâr yidüm bir iki kaç

Nesne mi eksildi mülkünden senün
Geçdi mi hükmüm ya hükmünden senün

Rızkun alup seni muhtâc mı kodum
Yâ öyünün yiyüben aç mı kodum

Geçmedi mi intikâmun öldürüp
Çüridüp gözüme toprak toldurup

Kıl gibi köpri yaparsın geç diyü
Sen seni gel duzahımdan seç diyü

Kıl gibi Sırât’dan Âdem mi geçer
Yâ düşer yâ tayanur ya uçar

Tâ gerek bünyâdı muhkem ola ol
Ol geçenler ey deler’uş toğru yol

Kullarun köpri yaparlar hayr içün
Hayrı oldur kim geçerler seyr içün

Pes gerek kim anda muhkem ola ol
Kim görenler diyeler uş togrı yol

Terezü kurdun günâhum tartmaga
Kasd idersin beni oda atmaga

Terzi kurarsın hevaset dartmaga
Kasd idersin beni oda atmağa

Terâzû ana gerek bakkâl ola
Ya bazirgân tâcir ü ‘attâr ola

Çün günâh murdârlarun murdârıdur
Hazretünde yaramazlar kârıdur

Sen basîrsin hod bilürsin hâlümi
Pes ne hâcet tartasın a‘mâlümi

Çün Yûnus’dan gelmedi hergiz ziyân
Sen bilürsin âşikâre vü nihân

Bir avuç topraga bunca kıyl u kâl
Neye gerek iy Kerîm-i Zü’l-Celâl


山本直輝(やまもと なおき)

1989年岡山県高梁市出身。 同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。 現在はマルマラ大学大学院トルコ学研究所助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。『スーフィズム入門』(集英社新書プラスにて連載、2019年~2022年)。


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